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横浜地方裁判所 昭和53年(レ)73号 判決

控訴人(第一審被告)

加藤ヨシ

右同

加藤保雄

右訴訟代理人

上泉實

宮代洋一

被控訴人(第一審原告)

石渡繁次郎

右訴訟代理人

上條義昭

奥川貴弥

右訴訟復代理人

福田稔

主文

一  控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、左に訂正附加するものを除き、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

一  被控訴人

被控訴人所有の横須賀市走水二丁目七四九番宅地二二四・七九平方メートル(以下「七四九番の土地」という。)と控訴人加藤ヨシ所有の同所七四九番宅地一〇九・〇九平方メートル(以下「七四七番の土地」という。)(なお、七四九番の土地と七四七番の土地を「本件係争両土地」という。)の境界(以下「本件境界」という。)には、控訴人加藤保雄が原判決別紙略図のC、D線にブロック塀(以下「C、Dブロック塀」という。)(なお、以下に表示の地点の符合は、すべて右略図上の表示である。)を設置する以前から段差(以下「本件段差」という。)が存したところ、本件境界がA、B′線であることは、被控訴人と控訴人両名間の横須賀簡易裁判所昭和四三年(ハ)第一一〇号境界確定等請求事件の確定判決(以下「別件確定判決」という。)により確定された。

したがつて、本訴において控訴人らが本件段差の位置はハ、ニ線であると主張することは、別件確定判決の既判力に抵触して許されない。

二  控訴人ら

1  請求原因(二)の事実は控訴人ヨシ所有地が被控訴人所有地より高く段差をなしていることを認め、その余を否認する。同(三)の事実は控訴人ヨシの夫の控訴人保雄が昭和四三年八月中旬頃、C、D線にC、Dブロック塀を設置したことを認め、その余を否認する。

2  前記一記載の事実を認めるが、控訴人らが本訴において本件段差の位置をハ、ニ線と主張することが別件確定判決の既判力に抵触する旨の主張を争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件段差の位置について

本件の争点の中心は、C、Dブロック塀が設置される以前に存したという本件段差の具体的位置である。そこで本件段差の位置について検討する。

1  まず、請求原因(一)の事実、同(二)のうち控訴人ヨシ所有地が被控訴人所有地より高い地形にある事実、同(三)のうち控訴人ヨシの夫の控訴人保雄が昭和四三年八月中旬ころ、被控訴人所有地内のC、D線にC、Dブロック塀を設置した事実、同(四)の事実及び前記第二の一記載の事実はいずれも当事者間に争いがなく、また、検証(第一回)の結果によれば、A、B′線を挟んで控訴人ヨシ所有の七四七番の土地の地表面と被控訴人所有の七四九番の土地の一部であるA、B′、C、D線で囲んだ土地(以下「本件土地」という。)の地表面は同一の高さにあること、C、D線(C、Dブロック中前記未撤去の下部の部分)を挟んで本件土地の地表面と本件土地を除くその余の七四九番の土地の地表面とは一・三メートルの高低差を形成し、本件土地が高くなつていることが認められ、右によれば本件土地には被控訴人主張の土砂(原判決別紙目録第一記載の土砂、以下「本件土砂」という。)の存することを推認することができる。

2  ところで〈証拠〉によれば、別件訴訟の内容は次のとおりである。

(一)  (被控訴人及び控訴人らの主張)

別件訴訟において、被控訴人は、本件境界はA、B線であり、A、B、B′、C、D、Aを順次直線で囲んだ範囲の土地は、被控訴人所有の七四九番の土地の一部であり、したがつて、C、Dブロック塀は被控訴人所有地内にあるとして、控訴人ヨシに対しA、B線が本件境界であることの確定を求め、控訴人保雄に対し右A、B、B′、C、D、Aの範囲の土地の所有権に基づきC、Dブロック塀を撤去して右範囲の土地の明渡しを求めたこと、これに対し控訴人らは、本件境界はC、D線であり、C、Dブロック塀は控訴人ヨシ所有の七四七番の土地上にあると主張し、本件境界がC、D線であることの確定を求め、C、Dブロック塀撤去土地明渡請求の棄却を求めたこと。

(二)  (別件確定判決(第一審判決、昭和四五年一一月一九日判決)の理由)

(1) 本件係争両土地は、ともに東側が公道に接し、その間に従来から約一メートルの落差(本件段差のこと)があり、控訴人ヨシ所有地が高く、被控訴人所有地が低かつたこと、本件境界には、もと垂直に石積みがしてあつたが、土が崩れたままになつていた部分もあつたこと、その石積みの上の北側に〇・九ないし一メートル巾の通路が設けられていたこと、右通路は控訴人ヨシの七四七番の土地の西側に接続する土地に居住する渡辺権兵衛が前記公道に出入する唯一の通路として専らこれを利用しており、渡辺宅からは右通路に通じる下りの巾員〇・八五メートル位の一一段ほどの石段が設置されていたこと、昭和四三年初め、渡辺は他に公道に通ずる通路が設けられたため、右通路を利用しないことになつたので右石段を取りはずしたこと。

(2) 同年三月ころ、控訴人保雄は、被控訴人に対し、本件係争両土地の境界にブロック塀を設けたいと申入れ、右石段の南側端(B点に当る)からさらに南側〇・一五メートルの地点(B′点に当る)まで使用させて貰いたいと申入れ、被控訴人はこれを了承したが、控訴人保雄がB点より南約〇・七メートルの地点にブロック塀を設置しようと企図したことから両者間に紛争が生じたこと、そこで本件係争両土地を実測し縄延び分は公簿面積で按分することとし控訴人保雄の依頼した中島進測量士が実測し縄延び分を按分して現地に投影したところA、B線となつたこと(これによる実測面積は七四九番の土地が二六八・四〇六平方メートル、七四七番の土地が一三五・五八七平方メートル)、しかるに控訴人ら側からの線引変更の申出により両者間に東側ではA点から南すなわち被控訴人側に〇・四〇メートル、西側ではB点から北すなわち控訴人ら側に〇・四〇メートルそれぞれ地点を移動させ右実測面積と過不足のないところで線を引くとの協定がなされ、中島測量士は右協定に基づいてその二つの点を前記実測図に図示したこと(右図示された範囲は弁論の趣旨により成立を認めうる昭和四三年五月一七日測量にかかる中島進作成の甲第三号証の図面の図示するところと推認される。)、そこで、控訴人保雄は、昭和四三年五月ころ、右変更後の線上にブロック塀の設置工事を始めたがこれを中止し、同年八月ころに至り、右協定を無視してC、D線上にC、Dブロック塀を設置したこと、控訴人保雄は、C、Dブロック塀下に境界石があると主張するが、その石は、境界石ではないこと、鑑定人沖山忠の鑑定の結果では、実測面積が被控訴人所有の七四九番の土地は二六一・七二平方メートルで公簿面積(二二四・七九平方メートル)より三六・九三平方メートル増加し、控訴人ヨシ所有の七四七番の土地は二二〇・四五平方メートルで公簿面積(一〇九・〇九平方メートル)より一一一・三六平方メートル増加となつて、前記甲第三号証の中島測量士の実測に比較すると、その面積は被控訴人側が僅かに減少し、控訴人ら側は甚しく増加しているが、控訴人ら側の指示には相違があると考えられるので、控訴人ら側の実測面積は中島測量士の実測値一三五・五八七平方メートルをとつて勘案するのが相当と考えられること(沖山忠作成の測量図は弁論の全趣旨により成立を認むべき甲第七号証と推認される。)。

(3) これらの点を合せ考えると、A、B線は、前記石積みの面の線とほぼ一致する。すなわち、前記石段の南側端B点の辺りからA点を結んだもので渡辺権兵衛宅用の前記通路の南側端はその線に沿つていたものと考えられること、もつとも公道(東側)から石段(西側)方面を見通した場合、石段下において本件係争両土地の落差(本件落差のこと)が石段の南側端から五ないし六寸南に寄つていたので、被控訴人としては、石段下で〇・一五メートル位は譲歩してもよいという考えをもつていたこと、前記石段附近における本件係争両土地の境界地点は崩れていて石段設置に際し、その南側に〇・一五メートル位の余地(控訴人ヨシ所有地)を残したのではないかと考えられること、C点の南側の排水管は、渡辺権兵衛が被控訴人の諒解をえて被控訴人所有地に設置したもので本件係争両土地の境界とはかかわりのないこと。

(4) 以上の事実を綜合すると、本件係争両土地の境界は、A、B′線と確定するのを相当とすること、本件土地は被控訴人所有の七四九番の土地の一部であること。

(三)  (別件訴訟の控訴審判決)

前記同第一審判決を支持し、その結論及び理由説示をすべて引用したこと、なお、控訴人らの主張によると、横須賀市役所水道局備付の水道工事実施の原簿及びその設置箇所の図面(右は本訴における原本の存在及び成立に争いがない乙第一〇号証と推認される。)からすれば、被控訴人家屋は北側境界と約三尺離れ、境界から三尺北側に水道管が敷設されていることが明らかであるところ、C、Dブロック塀と水道管の距離は一メートルであるから、C、D線が境界であるというのに対し、昭和二七年七月一八日、渡辺善昭は控訴人ヨシ所有の七四七番の土地内に水道管を敷設し、その際、水道管、本件係争両土地の境界線、被控訴人所有家屋の位置関係を示す配置図が作成され、右配置図では右水道管と境界線及び被控訴人所有家屋との距離はそれぞれ〇・九メートル、一・八メートルとして表示されているが、控訴審の検証の結果によれば、右水道管と被控訴人所有家屋との水平距離は約二・三メートル、水道管とC、Dブロック塀との距離は短い所で約一・二メートル、長い所で約一・六メートル以上であるから、右配置図は正確なものとは認め難くこれを本件境界を判断する資料とすることはできないと説示したこと。

3  そして〈証拠〉によれば、前記別件第二審判決に対し、控訴人らが上告したが、右上告は上告棄却となり、第一審判決が確定したことが認められる。

4  以上の別件訴訟の審理内容に鑑みると別件訴訟において当事者双方は、本件係争両土地の間にはもともと本件段差が存しそれが境界であることを認識し、これに沿つてその位置の主張立証を尽し、また裁判所も本件段差の位置を確定すべく審理を尽した結果、本件段差の位置はA、B′線であつたとの判断に達し、A、B′線が本件境界であり、また、本件土地が被控訴人所有の七四九番の土地の一部であると判断したものである。

ところで、被控訴人は本訴において控訴人らが本件段差の位置を、ハ、ニ線と主張することは、これをA、B′線とした前記別件確定判決の既制力に抵触し許されないと主張するが、同一当事者の前訴の確定判決における理由中の判断には既判力による遮断効はなく、被控訴人の主張は採用できないが、前訴において当事者双方が主要な争点として主張立証を尽し、裁判所もまたこの点の審理を尽した争点については、それがたとえ理由中の判断にとどまるものではあつても、その判断に明らかな事実誤認があるなどの場合は格別、後訴においても前訴判決における主要な争点に対する認定判断はできる限り尊重されてしかるべきである。

しかして当裁判所は本件に表われた総ての証拠を検討しても、本件段差の位置がA、B′線であつたとの別件確定判決の認定判断を覆えし、その位置がA、B′線以外の就中C、D線ないしハ、ニ線にあつたと断定するに足る的確な証拠を何ら見出しえないし、控訴人らの主張の趣旨に沿う〈証拠〉は、本件段差の位置がA、B′線であることを覆すに足る的確な資料とはなし難い。

したがつて、本訴においても本件段差の位置はA、B′線にあつたものと認めるべきである。

二控訴人ヨシの本件土砂の撤去義務について

本件段差がA、B′線にあつたことは前示のとおりであるが、被控訴人は、本件段差のあつたA、B′線とC、Dブロック塀との間の本件土地内に存する本件土砂は、C、Dブロック塀の設置に伴ない人為的に七四七番の土地の土砂を埋設したのであるから、右土砂の所有者である控訴人ヨシにその撤去義務がある旨主張するので検討する。

〈証拠〉によれば、本件土砂は、控訴人保雄がC、Dブロック塀を設置する際、C、Dブロック塀と並行に本件段差に沿つた七四七番の土地の土砂を工事のため取り除き、取り除いた土砂を七四七番の土地に一旦積み上げておき、C、Dブロック塀の設置工事完了後右ブロック塀と七四七番の土地の切土面の間の本件土地内に埋戻したものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。そうすると本件土砂はもともと控訴人ヨシ所有の七四七番の土地の一部を切り取つて出来た土砂であるから控訴人ヨシの所有と認めることができる。

したがつて、控訴人ヨシは自己所有の本件土砂を被控訴人所有の本件土地内に存置することにより被控訴人の本件土地の所有権の円満な状態を侵害しているものといえるから、右土砂を撤去すべき義務があるというべきである。

三控訴人保雄のブロック塀設置義務において

控訴人保雄がA、B′線に沿い控訴人ヨシ所有の七四七番の土地に高さ〇・八〇メートル、長さ一五・七六メートル、厚さ〇・一〇メートルのブロック塀(以下「A、B′ブロック塀」という。)を設置したことは前示のとおりであるところ、被控訴人は、A、B′ブロック塀は、本件土砂を撤去すれば、被控訴人所有の七四九番の土地に倒壊するおそれがあるので、控訴人保雄は妨害予防のため原判決別紙目録第二記載のブロック塀を設置すべきであると主張するので検討する。

〈証拠〉及び鑑定(第一回)の各結果によれば、A、B′ブロック塀はブロック五段積みで垂直に設置され、最下段が一部に地中に埋設しているが、塀自体とくに倒壊を防ぐ支柱等を備えてはおらず、C、Dブロック塀とは東側のA、D間で〇・六三メートル、西側のB′、C間で〇・七五センチメートルの間隔しか存せず、C、Dブロック塀を除去するだけでも、A、B′ブロック塀の倒壊は避けえないことが認められ、右認定に反する証拠は存しない。したがつて、本件土砂の除去により、A、B′ブロック塀が直ちに倒壊するであろうことは容易に推認しうるから、控訴人保雄は右倒壊予防のため、別紙目録第二記載の構造のブロック塀を設置すべき義務があるというべきである。

四結 論

以上によれば、控訴人ヨシに対し本件土砂の撤去を、同保雄に対し別紙目録第二記載のブロック塀の設置を求める被控訴人の本訴各請求はいずれも正当として認容すべきものであり、これと同旨の原判決は相当で本件各控訴は理由がないから本件各控訴をいずれも棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官櫻井登美雄 裁判官小林元二)

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